YB  研修生 日記
 
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  ・・・ Kenのパン屋 奮闘日記 ・・・                           ・・・ mikaのお菓子ノート
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       〜Ken のパン屋 奮闘 日記〜   
 - - - - - - - - - - -  - - - VOL5- - - - - - - - - - - - - - - -
10月25日、僕のパリ、パン屋さん研修は全て修了した。
思えば、まだ肌寒い5月の終わり僕はパリに来たんだ。空港でシゲさんと有って、そのまま研修先に行き、通訳をして頂きながら研修がスタートした。それから3ヶ月、グルニエ.ア.パンで色々な体験をさせて頂いた。
日が経つに連れて仕事は増えて、いつしか仕込みを全て任され、てんてこ舞の毎日でした。そんな中で慣れない環境と通じない言葉、ハードな仕事で体調を壊し、精神的にもどん底を味わった。そんな中で、Y.B主催のお食事会が有ったり、芳美さんが自宅に招待して下さったりして頂いたお陰で、何とか、持ち応える事ができました。
 
研修中に、一通のメールが届いた。そこにはこんな内容が書いて有りました。「明日、友達と一緒にパンを買いに行くので、美味しいパンを焼いてね。」何気無い内容だが、このメールの文章に、僕は忘れていた大切な事を思い出す事ができた。あまりの忙しさに、美味しい物を作ろうと言う気がその頃は全然無くなっていた。そして、このメールの一言で、全て救われた。
 
今、研修を終えて、ふと一息ついてみると、本当に色々な人に助けられ、ここまで出来た気がします。そんな人との出会いの中で、自分は洗われ、そして、新しい自分を現す「表す」事が出来た。正直言うと凄く疲れたし、大変でした。でも今は、青く澄んだ空の如く、清々しい気分で一杯です。パン生地に例えて言うのならば、ミキシングが終わって、ホイロに入れられた生地が、一時発酵を終えてパンパンに膨れ上がった状態にある気がします。このままでは過発酵になってしまう位に...。
だから僕は一時帰国をし、パンチを入れてリフレッシュしてきます。
今度はいつ来れるか解らないけれど、必ずここに戻って、自分をキュイソン出来る状態にまで持っていきたい。パンチされた生地が今度は何処で寝かされるかは解らない。でも、一度パンチを入れた生地は、確実に強くなる。そう信じている。そして、良く出来たバゲットの様に、クラスト<外皮>はしっかりしていて、無数に穴が空いた中味<クラム>を持って、噛めば噛むほどに味わいが出る人になれたら良いな。
(中味が空いてた方が、色々な事を[物]を取り入れられるし)
 
最後に、この研修を無事に終える事が出来たのは、滞在中に合った沢山の方々。又お世話をして頂いた芳美さんを始めとするY・Bのスタッフの方々。4ヶ月間、本当に有難うございました。
 
これで、kenの日記は終わりです。日本でこの日記を見て下さった方々、有難うございました。
 
2006/10/30  フランス  パリより
 
 榊原   健一

 - - - - - - - - - - -  - - - VOL4- - - - - - - - - - - - - - - -
8月、グルニエ・ア・パンでの研修を終え、一端帰国をしていましたが、9月、再びパリに戻って来て最後の研修が始まりました。予てから、ルヴァン・リキットを使ったパンを勉強したくて、芳美さんに無理を言って新しい研修先を探して戴いた。
僕が今研修しているお店は、ホーリーッシャー社の粉と製法を取り入れてパンを作っている。非常に給水率が高く、バゲットに至っては約82%近い水が入っている。
その為、生地の取り扱いが非常に難しい。ちょっとした温度の差で生地がだれたり、締ったり、その時の状況によって、様々な顔を見せてくれる。
パンは、生きた酵母を添加し、生地を発酵、熟成させてその旨みを引き出していく物と僕は考えている。その為、いかに酵母が働きやすく、快適に増殖出来る環境を作れるかが、僕らブーランジェの腕に掛かる。この研修先にはタイマーも無ければ、ミキサーの時間の設定も無い。目で見て、耳で聞いて、手で確かめて、五感を駆使してパンを作っている。僕ら日本人は、1速のミキサーで何分、2速で何分とやりがちだがフランスでは全く通用しない。シェフにミキサーの時間は?と尋ねたら、目と耳で判断しなさいと怒られた。
フランスで研修を始めて4ヵ月が経とうとしている今、僕は何を感じ、何を得たのだろうかと自問自答の日々を繰り返す。日本とフランス、同じ「パン」なのに何がどう違う?
答えを探し周る。もしかしたら答えなんて無いのかも・・・。
ただ一つ、美味しいパンを作るには、手間と、時間が必要で、それに作り手の気持ちが必要なんだとつくづく思います。

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健ちゃんへ

レポート有難う。
読ませてもらいました。

このレポートを読んで、私が始めてフランスに来た時の事を思い出しました。
私が一番始めに働いていたお店のシェフも、私に同じ事を言われました。
きっと、私も当時は日本から来たばかりで、日本で10年パンを作って来た先入観で、
何分かとか、何度か等、質問をしたのです。
シェフは私に、「良いパン職人はパンを目と手と耳で作るものだ」と教えてくださいました。
シェフは触っただけでパンが何度なのか、今どう言う状態なのかを直ぐさま判断されて
いました。

健ちゃんも同じ経験をしているのだと、何だかとても感動しています。

パン作りとは、理屈でも、理論でも無く、小麦が何を言っているのか感じる事が一番
大事だと私も思います。
もちろん、プロとして最低の知識は必要ですが。。。

答え。。。それはとっても難しいですね。
きっと一生見つからないでしょうね。

今、健ちゃんが素直に感じている気持ちを、ずっと持ち続ける事が、美味しいパン、もっと
言えば、小麦粉の立場に立ったパンが作れる様に思います。

3件の研修先から、色々な事を学んだ4ヶ月だった事でしょう。
いろんな苦労があったと、私には良く解ります。
あと、少しになりましたが、最後まで頑張ってくださいね。

芳美

                                 
 - - - - - - - - - - -  - - - VOL3- - - - - - - - - - - - - - - -
フランスには、バカンス休暇が有る。僕が研修しているお店にも当然有った。
バカンスに入る一週間前から、少しずつ厨房の大掃除がはじまる。大掃除と言うと日本では年末の一大イベントだが、フランスではそうでは無いらしい。営業中にも関わらず、エアーコンプレッサーを持ち出し、エアーガンでほこりを落としていく。こっちは忙しい最中に形振りかまわずやられるため、逃げ場が無い。あれよ、あれよと厨房は粉ぼこりで真っ白け。自分の頭も真っ白けなのだ。
もっと厄介なのは、その後に来るアレルギー反応だ。もう、くしゃみは連発、鼻水垂れ流し。
酷い有様だ。中にはこれで急性喘息になる人もいるとか...。本当に体に悪い仕事だ。
バカンス休暇に入る前の日の事。朝からシェフにぼわれて、ぼわれて大変だった。シェフの頭の中はもうバカンス。ビット、ビットと急かされる。仕事も終わりを向かえ始めると皆はそそくさと帰り支度を始めている。ホイロには200本近くバゲットが残っている。どこからか、僕を呼ぶ声が...。
シェフである。後は任せる。その一言でさようならであった。
その後僕はそのバゲットを焼いて、一人残って最後の大掃除。かれこれ10時間近く働いた。ここで一言。バカンス、シルブプレ。そう叫びたい。
 
 - - - - - - - - - - -  - - - VOL2- - - - - - - - - - - - - - - -
7月29日、二件目の研修先となったグルニエパン(オザベス)店の研修が終了しました。
ここは、ジブリルがシェフをしている。そのシェフは物凄く働き者で、あれよ、あれよという間に仕事をこなしていく。本当に速い。
僕はここで2週間お世話になった。
日本人研修生も僕を含めて4人とフランスなのか日本なのか良く解らない。
1件目のお店よりもバゲットの仕込みは少ない物の、スペシオの種類が非常に多く、未だに成形が覚えられない。バカンスがある為にこちらでの研修は本日限り。明日からは再びペトラン店に戻り、最後の研修が始まる。是が非でもここのクロワッサンや焼き菓子を覚え、自分のレシピに加えたい。何しろここのクロワッサンは、パリで1番に輝いた物だから。
  
 - - - - - - - - - - -  - - - VOL1- - - - - - - - - - - - - - - -
5月31日、パリに到着。気温が7℃という世界。
日本ではTシャツ一枚が当たり前だっただけに、この寒さは堪えた。
車で1時間。早朝8時に研修先に到着。住み込み先の部屋に案内された。僕は当然一人部屋だと思っていたのだが、何とそこには先客が2名。何と3人での生活なのである。これには参った。到着日から厨房に入り、早速300本分のバゲット生地を仕込む。日本で仕込みの経験が無い僕にとって、衝撃的だった。次の日、水の量を間違え、シェフに大目玉をくらったのは、今となっては懐かしい思い出だ。
日 に日に仕事が増えていき、今は仕込み、成形、釜と大忙しである。
 今、お店はバカンス中で、僕は違うお店に行っているが、同じ系列のお店でもシェフによってやり方が様々である。
毎日粉塗れになり働くのが楽しくて仕方が無い。この国に来て本当に良かった。残り僅かな時間を大切に過し、この経験が生かせるように、日々精進である。 
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     〜mikaのお菓子ノート〜   
     - - 3ヶ月の予定のパリ・パティスリーでの体験研修もあとのこり一ヶ月 - - 
 ・・・ これまでの研修で沢山たまった「Mikaのお菓子日記」を皆様にご紹介 ・・・
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- Mika Ikeya Profile -

専門学校を卒業し、東京にて憧れの洋菓子店に入社、毎日お菓子に囲まれての生活。気づけば7年も過ぎており、次のステップとして何をすべきかわからず、茶道を習っていたこともあって、お菓子を通じて日本の文化を海外から見て見たいと思っていました。海外に来たいと思ったら行った方が良いです。私は30歳過ぎたのに今更行ってどうする?など聞かれましたが、私にとって人生は一回きり、やっておけば良かったと公開したくないし、目で見てサワって、食べて、笑って、体験って素晴らしいですよ。
 ■「TARTE CITRON」 2006年3月○日
でかっ!!!
こんない大きなタルトシトロンは中々日本では見れません・・・
 ■「MUROISE」 2006年2月○日

りんごのスライス・・・日本では包丁(ぺティナイフ)を使いますが、こちらは波刃で切ります。
りんごを波刃で!!!とおもいましたが、これが結構切れ味が良いのです。
今では当たり前の様にりんごをバサバサ切ってます。りんごの端切れはもちろん!つまみ食いです。
みんな常に口がモグモグ・・・動いています。 アントルメをデコレーションする感覚は日本と同じでした。
シェフの飾りつけを見て真似をしたり、勉強になります。 その人の色使い、フルーツの扱いが面白いです。
 



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